鬱との断絶をみる
<a href="http://d.hatena.ne.jp/TERRAZI/20060507/p1">朝っていう時間帯はすごいぞ</a>…ま、半分救う言葉、半分突き落とす言葉ですな。
このような言葉を読んで元気になる人もいるが、これでも救えない人もいる。朝早くおきて、自転車で突っ走って、吉野家で納豆定食を食べて、温かいご飯に納豆と味噌汁を頂いて
その後も家に帰らずそのまま自転車で川沿いを走り、夜明けの太陽を拝み、鳥のさえずりを聞き、空気が緩むのを感じ、交通量の変化を感じ、その後もほっつき歩き、すれちがう人々とたまに他愛の無い言葉を交わし…
それを行ってなお益々その空しさに絶望する人もいる。
ま、ここで「わかったか野郎ども」と言うつもりはない、このことを理解するのは恐ろしく難しいからだ。
しかし、このことを理解できない人々が大手を振って「鬱なんか気合で治せる」と公言して憚らないことは、社会的に問題なんだよな……。
2006 05 07 [心と体] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
吐くほど食わされた食育
子供のころ、グロッキーになって胃腸が弱り、吐いたりお腹壊したりするほどつめこまれたなぁ。教えられた通りに自分が食べられる量の、多種多様な食物を皿にとっていたのに、馬鹿な大人が無理やり増量するからかえって発育不足になったりしたものだ。更に言えば、私がよく患っていたのは自家中毒症(アセトン血性嘔吐症)だったから、お菓子などでの糖分補給が不足していた可能性が高いってことだし。
まあ一般論としては確かに多様な食物を食べ、特に野菜不足を懸念したりするのが王道なんだろうが、最近の食育問題に関する空気は、個体差が激しいことを忘れている。或いは危険水域に達するほど、なおざりに扱っている。
診断済みのアレルギー食物突っ込まれて死ぬ子供とかが出てくると危惧しているんだが、多少の犠牲はやむを得ないなどと突っ走るつもりなんだろうか。どこまでいっても一番重要なのは現実にいる個々の児童なのだから、最も強く説くべきなのは、個々の児童に合わせることなのだ。
誤解の無いように添えておくが、決して児童を甘やかせて迎合せよということではない。そうではなく食べさせようとしているものの質と量が本当に当人にとって適当か、きちんと調査せよと言うことである。個々の児童をちゃんと調べよ、まずはそれからだ。
2005 11 29 [心と体, 教育, 経済・政治・国際, 育児, 行政] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
山口律子氏の発言に疑問
NHK 福祉ネットワークの<q>山口: うつの人が言うことばを真に受けてはいけません。あれは病気が言わせていることばです。</q>という言葉は、慎重に扱わなくてはならない。なぜなら、欝に追い込んだ張本人が患者を応対するケースは少なくないが、その場合にこの言葉を適用すると、実態としてマッチポンプの許容となってしまうからだ。
それを考えると、山口律子氏の上記引用発言はもっとずっと慎重に行わなければならないと思うのだが。氏は家族を援護するような発言が多いが、家族が本人を欝に追い込んでいるケースは多い…―最も一般に解りやすい例は嫁姑問題だろう、このケースでの加害者は主婦である―…なので私は、山口律子氏のような姿勢の専門家を堂々と電波に乗せていいのだろうか、と強い疑問を抱いた。
しかしほんと、鬱病に追い込んでおきながら自覚せず、治療を受けさせたとマッチポンプな誇りを抱く傲慢な人は、相当に多いだろう。
2005 06 01 [心と体, 教育, 日記・コラム・つぶやき, 映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
今日の視点論点は低級だ
インターネットが子供に有害情報を云々とぬかしているが、インターネットを家族に置き換えて視聴すれば、実に誤りだらけの論だということが解る。
誹謗中傷金銭トラブルに拉致暴力フレーミング(論争)猥褻物などが問題だと言っているが、家庭でも誹謗中傷金銭トラブルに拉致暴力フレーミング(論争)猥褻物だらけじゃないか。何言っているんだ。学校友人地域メディアなど家庭をとりまく環境も同一だ。私は子供の頃に何度意味不明な誹謗中傷拉致暴力フレーミングを基に裁かれたか数知れず、人間として必要なものも高額で買えず(高度な意味での金銭トラブル)、自分自身に至っては猥褻行為がなければこの世に生まれることすら出来ない。
はっきり言えば、インターネットのほうがずっとましだった。
2005 03 02 [パソコン・インターネット, 人間講座-NHK教育, 地域の安全, 心と体, 教育, 旅行・地域, 日記・コラム・つぶやき, 映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
幼児は眠らない体を欲す
NHKで睡眠が幼児の発達に及ぼす悪影響に警鐘している。その中で三角形を描けない子供が増加していると言っていたが、三角形を書けといわれて書くことが盲従的、或いは自発的な奴隷であるという解釈と、どう違うのだろう。さっぱり解らん。
だいたい番組の冒頭からして、睡眠が発達に影響を及ぼすことが解ってきましたとか言っている。そんなもの昔から解っていたことであり、メカニズムの枝葉の部分で研究が進んだだけだろう。セロトニン云々も昔からわかっていたことだ。それなのに「解ってきました」というのは、単にこの言葉がドキュメンタリー番組にとって禁断の果実であるに過ぎない。禁断という言葉どおり、昔から知られていることを解ってきましたというドキュメンタリーの癖は、全く断てませんなぁ。
ドキュメンタリーはバラエティーだっけ。
真に社会的に問題なのは、睡眠時間の確保が幼児社会において困難であるということだ。これは家庭環境を整備すればよいという生易しい問題ではない、なぜなら深夜に行われる情報活動、視聴や交流が幼児とその社会にとって、大人が想像するよりも遥かに重要だからだ。
ま、日本の一般常識全体ってやつは凄まじく勉強不足であり、嘆声号泣止まらない状態だってことですな……。
2005 01 05 [心と体, 教育, 日記・コラム・つぶやき, 映画・テレビ, 育児] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
